東京都市町村職員研修所
ホーム > 研修紹介 > 研修所講師 > 退任した講師の紹介 > 加藤良重講師

加藤 良重 講師
<コラム>役所改革の決め手
<コラム>公務員の不法事件に思う
<研修のエッセンス>政策法務とは何か
<研修のエッセンス>「自治体経営」の充実にむけて

<コラム>役所改革の決め手
 自治体を取りまく環境は、少子高齢化や経済の低成長など社会経済の構造変化と分権改革 などによって大きく変化している。このような環境変化のなかで、自治体の基幹財源である 税収が伸びていない一方で、福祉、環境、まちづくりなどの分野では行政需要が増大してい る。地方分権を推進するための三位一体改革では、地方への税源委譲は難航し、国庫補助金 の削減と地方交付税の見直しは確実におこなわれている。このような収入減と支出増の圧力 のなかで、自治体はきびしい財政運営を強いられている。

 だが、自治体は、国から自立した地方政府としてその地域における政策を自己決定・自己 責任のもとに展開していく責任をおっている。その政策責任の原点を確認しておきたい。
 
 それは、自治体の仕事が地域の主権者から選挙によって選ばれた代表機関(議会・長)を 通じて、その人たちが納める税金を使っておこなわれているということである。すなわち、 地域の主権者は選挙と納税によって地域の政治・行政を地方政府である自治体に信託してい るのである。このような観点から改めて、徹底した情報公開と多様な市民参加を望みたい。

 情報公開については、「情報なくして参加なし」といわれるようになって久しいが、特に 最近の環境変化のもとで財務情報と職員情報を一般市民にわかり易い形で公開・提供するこ とである。現在でも定期的に広報紙等により財政状況や職員給与等の公表がおこなわれてい るが、これを読んだだけで、一般市民の方々にその実態や課題を理解できるだろうか。ある いは、それ以前に役所内において職員への情報公開が十分におこなわれて、担当部署以外の 職員にも十分に理解できている状況になっているのだろうか。用語の工夫や他市との比較な どによりわかり易い情報の提供と市民間・職員間の情報共有をはかる必要がある。

 また、団塊世代の定年退職をひかえて「退職金危機」といわれているが、退職者数、退職 金額、財源などはどうなっているのだろうか。仮に行政側には不都合と思われる情報であっ ても、税の使途にかかわる情報については市民に知る権利があるものと考えなければなるま い。

 さらに、情報媒体としての広報紙とホームページを役所側からの一方的なお知らせ中心の ものになっていないだろうか。これらの情報媒体は、わが「まち」の福祉・教育・環境など あり方を考える政策にかんする情報を提供するものでなければならない。

 市民参加についてはどうだろうか。形だけのものになっていないだろうか。自治・分権型 社会における自治体政策については、政策案づくりの段階からの参加を押しすすめ、そのう えで政策の実施過程と評価過程への参加をはかっていく必要があろう。参加メンバーについ ても、ひろく市民の参加をもとめ、特定の人や団体に偏らないようにしなければならない。 公募についても十分なPRが必要である。

 このようにして、隠蔽・秘密主義、現状追認・問題先送り主義、前例踏襲主義などの古い 役所体質から決別していかなければならない。これらの体質は組織機構や仕組みを変えただ けでは直らない。納税者である市民への情報公開と市民参加がその最強の推進力となる。

<コラム>公務員の不法事件に思う
 公共工事の契約をめぐって、公務員による入札妨害事件や贈収賄事件が続発している。公務員が公共工事の競争入札の情報を事前に漏らし、 あるいはその見返りとして賄賂を 受けとるなどの行為である。

 これらの罪を犯すと重い懲役または罰金に処せられ、懲役刑が確定すれば法律上当然に失職することになるが、その前に不法行為は懲戒免職の対象となる。懲戒免職になれば、 退職金の不支給、年金の減額、再就職の困難などの経済的側面のみならず、社会的非難や自責からの本人の苦痛と家族のはかり知れない苦悩を伴う。

 刑事と懲戒でなぜこのような厳しい処分が行われるのか。民主主義のもとでの政治・行政は、そもそも国民の信託にもとづくものであり(日本国憲法前文)、住民・国民はその 信託した仕事の財源として税金を支払っている。したがって、その税金を信託に反して使うことは、住民・国民と公務員との信頼関係の基本を破壊することになるからである。

 このような行為は、金額の多寡にかかわらずあってはならないことであるが、なぜ後を絶たないのであろうか。根本的には、公務員の組織に長年にわたって染み込んできた古い 体質がおおきく影響しているのではないかと思えてならない。その古い組織体質とは、隠蔽・秘密主義、身内意識、権力志向・迎合、馴れ合い、現状追認、問題先送り、前例踏襲 などなどである。これらの体質は経験的にも組織機構や仕組みを変えただけでは直らない。納税者の厳しい監視の目が必要だ。そのために、税の使途に関する情報の徹底公開が前提 となり、これがアカウンタビリイの意味であろう。

 それにも増して、ひとり一人の公務員が税と職務の原点を再確認し、緊張感をもって仕事に取り組むことが何よりも大事なことである。
(日本人事管理協会発行「JST指導者資料」平成16年3月号巻頭言から

<研修のエッセンス>政策法務とは何か
【その1】「政策法務のはじまり」
 政策法務の論議は、1970年代に松下圭一法政大学名誉教授の自治体法務をめぐる問題提起からはじまる。それをうけた形で、1980年代にはいり研究活動にとり組んだのが東京 多摩地域の自治体職員を中心とした自主研究会であった。同研究会では、当初、中央省庁が機関委任事務と表裏の関係で自治体を細部にわたって拘束していた膨大な量の通達問題を研究 していた。それと併せて自治体政策をすすめる上での法的な問題点を具体的に研究することとなり、その成果は1986年から1988年にかけて「自治体行政法研究」として『法律時報』 に連載され、その後、天野巡一・岡田行雄・加藤良重編著『政策法務と自治体』(日本評論社、1989年)として出版されている。

 このことも一つの契機となって、1990年開催の自治体学会大阪大会から毎年、継続して政策法務分科会がもうけられるようになったが、北海道、神奈川県、千葉県、島根県などに おいて研究者もまじえた自治体職員による自主研究活動が活発におこなわれ、次第に全国的な展開をみるようになる。

 このように、政策法務の論議は草の根から出発したもので、自治体現場から通達の検討をとおして機関委任事務制度の矛盾を指摘・批判することからはじまり、自治体政策の障害となっ ている法的問題点と機関委任事務体制下での法的可能性についての研究であり、2000年分権改革に先行してとり組まれてきたものである。

 奇しくも、政策法務論議の内容は、分権改革の方向と軌を一にするものであって、政策主体として自立した自治体の自主性・自立性を強化するものであった。それと同時に、自治体内に おける住民自治を拡充・実践するために不可欠なものであることから、2000年分権改革を契機に全国的に注目されるようになってきた。

 しかし、理論・実践ともに発展途上の段階にあり、実践面をみても自治基本条例をはじめとした独自条例の制定など先駆的な取り組みがはじまったばかりで、自治体政策の展開において政策 法務が不可欠であるとの認識がようやく浸透してきた段階にあるいってよい。そのような中で、政策法務の中心的な担い手である自治体職員の研修についても、2000年分権改革以降に全国 の研修機関において本格的に政策法務の科目が導入されるようになっているが、その内容・方法のおおくは試行錯誤の段階にあるといえよう。
【その2】へつづく

【その2】 「政策法務の意義」
 政策法務は、法を自治体政策の重要な手段実現として積極的にとらえ、活用し、政策と法務を分断するのではなく、相互に密接不可分のものとする。しかも、両者の関係は 「政策なくして、法務なし」で、十分に練り上げられた政策が大前提になる。

 法とは、直接には自治体法である自治体の条例・規則および国法であるの法律・府省令をさすが、国際法も自治体政策に関係する(子どもの権利条約など)。

 自治体政策とは、上述の地方自治法の文脈でいえば、住民の福祉の増進をはかるための地域における行政ということができるが、端的に自治体における公共的課題の解決策としておく。 政策法務は、自治立法、自治解釈、争訴法務および国法改正の4つを内容とする。

1 自治立法
 自治立法は、日本国憲法第94条に直接の根拠をもち、条例、規則、規程などをふくむが、その中核となるのは条例である。
 条例は、住民の直接選挙による多様な意見をもつ議員で構成される議会での審議・議決をへて制定される。また、条例は、長の提案によるものが圧倒的におおいが、そこには住民の 直接選挙による長の政策意思が反映されている。したがって、二元代表制のもとでは、条例が、もっとも民主的な基盤にたち、正当性をもつものである。
 また、条例は法規範として、地域社会のルールをさだめるとともに、必要におうじて罰則等をもうけることによって強制力をもたせることができることから、政策実現のためのもっとも 有効な手段となる。

2 自治解釈
 自治解釈は、自治体政策の実施にあたって既成の国法を解釈・運用するだけでなく、全国基準としての国法規定の選択・複合もふくむ。
 法律は、いろいろな事象を想定し規定されることから、抽象的な表現にならざるをえず、法規定を実施するためには、解釈を必要とする。自治体政策にかかわる法規定を、法の目的を ふまえながら、自治体の必要にもとづき、地域の特性をいかせるように解釈し、運用するのが自治解釈である。
 機関委任事務体制のもとにあっては、国からの通達・通知、自治体からの照会にたいする国の回答に頼っていればよかった。しかし、機関委任事務の廃止にともなって、国は、政府と して自立した自治体に通達を発する根拠がなくなった。国は技術的な助言指導と法定受託事務についての処理基準の作成をおこなうことはできるものの、それは法的拘束力をもつもので はない。したがって、自治解釈は、必然であり、その重要性は以前の比ではない。仮に、国の法解釈との違いがあれば、それは最終的には司法の場で決着することになる。なお、国が技 術的な助言などによりしめす解釈は、自治解釈の重要な参考資料とはなる。
 また、自治体は、地域の必要にもとづき、根拠法を選択し、複数の法規定を複合化することによって政策の展開をはかることも必要になる。

3 争訴法務
 争訴は、自治体政策を争点とした、住民監査請求、自治紛争処理委員および国地方係争処理委員会などにおける行政上の手続きとこれらの手続きの結果を不服とした訴訟その他の行政 事件訴訟および損害賠償請求訴訟等をさす。自治体は、これらの争訴手続きをとおして、みずからの政策の正当性を主張・立証していかなければならない。
 今後、法解釈をめぐって国地方係争処理委員会で争われることも予想される。また、自治体を当事者とする訴訟もふえている。したがって、争訴法務の領域の重要性がましてきており、 争訴の場面でも自治体は主体的に対応することが必要である。
 とくに訴訟において、一方の当事者となる自治体は、訴訟のプロである弁護士に任せきりにするのではなく、みずからの政策の正当性を主張するために自治体職員を積極的にかかわらせ ていかなければならない。自治体職員であれば、地方自治法第153条第1項の規定にもとづき、長に代理して訴訟にあたることができるので(指定代理人)、政策に通じている職員を指 定代理人にあて、事前の打合せや証拠収集だけでなく、答弁書・準備書面の作成、法廷での弁論活動にも弁護士と共同であたっていくことが望ましい。簡易な訴訟事件であれば、指定代理 人だけで、訴訟にあたることも可能であるし、職員の訓練にもなる。

4 国法改正
 自治体は、地域の必要にもとづいた政策を展開しているが、その場合に国法の規定が障害となることもある。一例をあげれば、長の多選禁止、住民投票結果の法的拘束力、行政委員会の 法定主義などである。
 自治体は、自治体政策の障害となっている法規定を放置することなく、その問題点、改廃の必要・方向について、自治体現場から指摘・提起して、市長会、町村長など可能なルートを通 じて改正の働きかけをする必要がある。
(東京市政調査会発行「都市問題」2004年5月特集企画の抜粋、詳しくは同号を参照)

<研修のエッセンス>「自治体経営」の充実に向けて
 最少の費用で最大の効果をあげるための「経営」を求められている。このような中で、研修所においても自治体経営に関する研修の必要性が議論され、平成14年度のスポット研修で、自治体経営の課題、公債費問題および職員人件費問題についての講演会を行った。その結果は好評であったことから、平成15年度に正規の科目として「自治体経営」が設けられ、2日間で行うこととなった。

 1日目の基調講義では、後藤仁神奈川大学教授が日本国憲法の条文から説き起こした自治体経営論の原論的な内容に触れ、政府の構造改革・税制改革の問題点を指摘された。午後は、研修所講師から平成13年度東京都市町村の決算状況(決算カード)に基づいた財政上の問題点の説明があり、その後、参加者36人が6グループに分かれて、市町村が抱えている財政上の問題点の確認とその解決の方向を議論していただき、最後に全員が集まり、議論の要点の発表と講師のコメントで終了した。

 2日目は午前中に環境保全活動のNPO活動家から具体的な実践活動の内容、自治体との関係などの講義を受け、その後前日と同様にグループに分かれて討議し、発表と講師コメントで終了した。研修参加者には、所属自治体の決算カードの内容把握と所属自治体区域内のNPOの種類・数、活動内容、自治体の支援状況についての調査・検討を事前課題とし、それを持ち寄ってもらった。

 研修参加者の感想では、内容面でおおむね満足するものであったが、研修期間およびカリキュラムに不満の参加者が多かった。そこで平成16年度は期間を3日間とし、カリキュラムも住民サイドと行政サイドの両面から市町村が当面している問題を踏まえて自治体経営のあり方を考察していきたいと考えている。
研修情報誌「こだま」第86号(平成16年3月31日発行)より掲載